~お盆の行事~

故人やご先祖さまを供養し、安らぎを与えるだけでなく、自分自身の徳積み(病気平癒や事故防止、夫婦和合、家内安全、子孫繁栄、商売繁盛、心願成就など)や子・孫の幸せにつながる為の行事でもあると云われます。

施食会(施餓鬼会)せじきえ(せがきえ)

お釈迦様の十大弟子の一人【阿難(アナン)尊者】が、瞑想をしていると《エンコウ》という一人の餓鬼が現れ阿難尊者の命が三日後に尽きることを告げました〔※餓鬼とは自分自身の心の闇(悪因)とも云われます〕 「命が尽きることを知っているならばまた、命を延ばす方法も知っているはずだ」と餓鬼に尋ねると餓鬼は、「三界(現在・過去・未来)の有縁無縁の無数の餓鬼に五果百味の飲食の施しをすれば、その喜びを得て、命を延ばすことができる」と答えました。早速、阿難尊者が心からの施しを与えると、救われた餓鬼の喜びによって寿命を延ばし、長寿の功徳を得ました。
⇒ 因縁(病気・事故・離縁など)浄化や延命長寿に繋がります。

盂蘭盆会 うらんぼんえ

盂蘭盆は、サンスクリット語の「ウランバナ」からきており、「ウランバナ」は倒懸(逆さにかかる)の意味を持ちます。お釈迦様の十大弟子の一人【目蓮(モクレン)尊者】が、神通力により亡き父母の行方を探すと、父は幸い天国にいましたが、母は餓鬼道に落ち、逆さ吊りにされ、地獄のような苦しみを受けていました。目蓮尊者は母を供養しようとしましたが、食べ物も水も燃えてしまい飲食できません。何とか母を救う手立てがないかとお釈迦様に尋ねると、「母の罪はとても重い。生前、人に施すことはおろか、見栄を張り、自分勝手に過ごしたので餓鬼道に落ちた」と説明し、また、「十方の聖衆が修行を終える7月15日に飲食の供物や経の読誦をし、心から供養すれば母は救われるだろう」と言いました。目蓮尊者がその通りに清らかな心で供養すると、母親は餓鬼の苦しみから救われ、天国で安らかに暮らすことができました。その救われた姿を観て、目蓮尊者は大いに喜び踊り跳ねました。これが盆踊りの由来とも云われます。
⇒ 先祖供養、追善供養の尊さや盆踊りの大切な意味を表しています。

万燈会 まんとうえ

インドにとても貧しい女性がいました。ある日、お釈迦様が説法に来るということで、町中がお灯明を灯して明るく招こうとしましたが、女性にはお灯明を買うお金がありません。女性は自分の髪の毛を切り、それを売ったお金でようやく1つのお灯明を買うことができました。「何の因果か私は貧しく生まれ、仏さまのために尽くそうにもこの小さなお灯明を1つ買うことが精一杯です。他の人のように大きくて沢山のお灯明を飾ることはできませんが、せめて心だけでも込めて飾らせていただきます。」
その夜、突風が吹き多くのお灯明が消えてしまいましたが、女性のお灯明は他よりも強く、明々と灯っていました。それを見たお釈迦様は「豊かな者の見栄を張った大きなお灯明より、貧しくて小さくても心のこもったお灯明が何より尊い供養である。」と説きました。
⇒ 前世(先祖)の因が現世に現れていますが、現世で積んだ功徳が来世(子孫)の幸せに繋がります。
⇒ 例え小さくて少なくても心がこもっていれば万灯にも匹敵するという意味。(貧者の一灯、豊者の万灯)

送り火

一年に一度、此岸(この世)に帰ってくることができたご先祖さまを、彼岸(あの世)に送ります。仏さまのいる世界(浄土)で安らかに過ごせるように、また来年も無事に帰ってきてほしいと、感謝の意を込めて送ります。
⇒ 地域によってある精霊流し、灯篭流しなどの行事も送り火の一種です。

盆踊り

盂蘭盆会で記述したとおり、故人への供養が届いたことへの喜びをあらわした踊りが起因です。現在では時期も形も多様化しましたが、根底には故人への想いをもって各イベントを楽しんでもらえるとありがたいですね。

その他

この他、地域や宗派によって様々なお経や行事があります。どれも基本は故人への供養(弔う心)が基本です。より多くの人と参加して、心をこめて楽しんでいただければ故人も喜んでくれるのではないでしょうか?

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